ZEROICHI BLOG(0→1)

シミズタカヒロです。ベンチャー企業で役員をしています。ビジネスやセールスにおける0→1を中心にブログアップしています

利他と自己承認は表裏一体。利他とは「導くこと」である

最近メンバーのマネジメントをしていて、

この「利他」と「自己承認欲求」について感じることがあった。

あるメンバーが「誰かのことを想って」おせっかいをしていたのだが、

はたして、それは「良いこと」なのだろうか。

 

私はそのメンバーと話をしていて、「誰かのために尽くすこと」は良いことだ、

と考え、実際のところ、その行動を指示していました。

そんな中、1つの考えに出会います。

 

「その誰かに尽くすこと」は「自分のためにしているのではないか」

すなわち、「自己承認欲求」を満たすためなのではないか。と。

 

私自身、以前は「自己承認欲求」が強く、この「利他」に悩んできました。

いま自分がやっていることは遠く考えれば、自分のためにもなり、

それって自己承認欲求なのでは?と悩んでしまいました。

 

その答えがここに↓

d.hatena.ne.jp

 

これ、スバラシイことが書いてあるんですが、

その一部を抜粋すると、

釈迦の言う利他とは「後進の指導」である。自己犠牲ではない。「自分の能力,知識を最も効率よく次世代に伝達すること」で他者を救おうというのである。生物でいうなら,親が子を教育する姿がそれにあたる。

まさにそうだ。

 

利他とは「導くこと」なのだ。

その「誰かを想う行動」が「導く行動」なのか「自己犠牲」なのか

これをよくみて、判断する必要があるだろう。

 

自己犠牲、すなわち、自己のためにする=自己承認であり、

それはある種「押し付け」でもある。

 

「自分」が強いメンバーにはこの「自己承認」「自己犠牲」としての

「利他」というものがあり、まさにそれは「押し付け」でもある。

マネジメントする際は、そのメンバーの利他がどういう行動かを見極め、

まさに「利他=導く」マネジメントをしていく必要があるのだろう。