ZEROICHI BLOG(0→1)

シミズタカヒロです。ベンチャー企業で役員をしています。ビジネスやセールスにおける0→1を中心にブログアップしています

「混乱しやすい」人ってどんな人?思い込みが混乱を生む?

先日、自宅で赤ちゃんを抱っこしていて、の話です。
ちなみにこの記事、私のブログとして、とある協会に寄稿したものです。


少しプライベートな話なのですが、私は赤ちゃんが産まれました。
赤ちゃんをあやすのって大変ですよね。

そんな中、「お腹が減った」「眠いけど眠れない」そんな赤ちゃんの不満が重なり、赤ちゃんが泣いて泣いて、泣き止まない日がありました。もうダメだ!となって奥さんにヘルプを求めると、

 

実は面白いことがおきました。
「ポン!ポン!」赤ちゃんのお尻を軽く叩いたら泣き止んだのです。
「なんで泣き止んだの?」と奥さんに聞くと、意外な答えでしたが、その答えは
「自分の泣き声にびっくりして泣いているから、ポンって軽く叩いてびっくりさせると泣き止むよ」
とのこと。

 

私にとって、自分の泣き声にびっくりして泣く、だなんて、あり得ない答えでした。
こういうことって、実は社会人の世界でもあります。

 

先日弊社のとあるメンバーの悩みを面談で聞いていたのですが、
「○○が困っていて」「△△がどうしたら・・」「あぁ、ダメかも」と、いわゆる「混乱状態」にありました。

 

そんなとき、ふと、赤ちゃんのことを思い出し、「まずは混乱を止めることが先だな」と思い、「ひとまず落ち着きましょう。大丈夫です」とあえてアドバイスはせず、話を聞き、場所を変え、落ち着かせることだけに専念しました。

 

そうすると、混乱状態から抜けられたのか、「あ、そうですよね」とすぐにアドバイスを聞き入れてくれ、うまくマネジメントすることができました。

 

パーソナリティに置き換えてみると、まさに前述の混乱していたメンバーは「思い込み」が強いパーソナリティがありました。思い込みが強いということで、信念が強いのは良いことですが、頑固で一度混乱に入ってしまうと、悪いスパイラルにはってしまいがちでした。

 


まさにこういうパーソナリティをもった方には、まず「落ち着くこと」をマネジメントとして重要視して、対応していくと効果的ですよね。

 

マネジメントって、メンバー一人ひとり対応すべきこと、重視すべき傾向が違います。だからこそ一人ひとりの特性・個性を知っておくことって凄く大切。またその傾向を事前に知っていたら、対処法も大きく変わってきます。


こういう個性から考えたマネジメントが今後必要となってくるんでしょうね。。

「聞く技術」LISTENせよ、ASKするな

私にとって最近のホットな課題ということで「聞く技術」について読んでみました。
比較的本は好きなのですが、プレゼンや話し方の本は多いものの「聞く」という点において、わかりやすくまとめられている本は少ないのかなと。その中でも本書は良書だとかんじています。
 
◆LISTENせよ、ASKするな
これがもっとも大きな学びでした。
「きく」という日本語にはLISTENつまり「聞く」とASK「たずねる(質問する」」がある。
 
一番のこの2つの違いは「たずねる」のが質問する人の意図に沿っているのに対して、
「聞く」のは話し手の意図に沿っていること。
 
だからこそ、たずねてばかりいると、自分本位で自分が望む情報ばかりを集める結果になり、
相手がその人なりの立場から発した情報が得られなくなる。
 
◆聞く態度の基本、聞き手と話し手が対等であること
子供と話すとき「名前は?」「年齢は?」とするが、これは対等ではない。
「僕は○○です」とまず自分が伝え、相手の子供が「僕は□□です」と返す、これが対等
 
なんとか、聞きたいと思うせいで「たずねる」になってしまい、本当に聞きたいことが聞けない。
これがまさに私の課題。痛い。その積極的な「きく」気持ちがかえって間違いを生む
 
◆自分のことは話さない
これは痛い。LISTENしたいのに自分のことを話す、自分の考えや過去の経験と相談する、
まずこのクセのような積極的な自分はNG。これだから、周りの意見を聞き足りない状態になる。
そもそも、プロカウンセラーは自分のことを話さない。
 
本書にもありましたが、
 
「普通の人は、自分の経験談を話すことが相手の経験値を増すと考えています。
これはあながち否定はできませんが、実際は話し手が考えているほどの効果はないのです。
なぜなら、経験・学習というのは、実地経験しないとわからないことが大きく、
自己の体験はたまたまそのときのタイミングや状況に合って、うまくいったこと。
同じ機会というのはまずありえない。」
 
これはまさに、納得。自己の体験はそこまで意味をなさない。
 
改めて「聞く」ということについて根本から変えないといけない。
聞きたいのであれば、相手が質問してきていないのであれば、答えてはいけない。
そして逆に考えれば「相手からされた質問は相手関することがほとんど」ということになる。
 
◆「情報」以外の助言は不要
質問:こちらの道を取ったら○○まで近いですか?
これに対して、本質的には
返答:はい、そうです。 だけで良いのにも関わらず、 加えた情報として、
・道が狭いから気をつけて →これは丁寧
・この道は狭くて危険だから他の道を使ったほうがいい →人によっては伝えすぎ
 
といったように返答の度合いによりこちらの意図で制御してしまうことがある。
私は本に書かれたような「助言不要」とまでは思ってませんが、
私が全体的な助言が多いタイプなので気をつけなければいけないな、と感じた。
 
◆話を素直に聞く
人の話をまっすぐ素直にきくことは非常に難しい。
人からの話は「相談したいとき」と「ただ話したい」だけのときがある
前者の場合は相手が質問をしてくるだろうから、それに答えればよい。
 
困るのは後者の場合だ。よくあるのは、ただ相手がまずは聞いてほしいときに
私もそうだが、頭の中で「でも、●●だしな、、」とか「それは違うよな・・」とか
色んなことを考えてしまいます。その時点でもう素直に聞いていません。
まさに素直に聞けないのは、自分の感情が相手のそれに混同してしまうから。
知らない間に「聞くモード」から「言うモード」になっている、ということです。
 
◆まとめ
改めて思うのは、あとがきにも書かれていましたが、
話すことは、自分中心の表現を工夫しかんがえることができるので簡単だが、
聞くことは、相手中心の表現を受け取ることなので、相手次第になり、難しい。
そして、話すほうが準備ができるが、聞くほうはいきなりやってくる。
 
そうじて、聞くとは難しいことだが、この「聞く」ができるようになったら
本当にスゴイな、と強く感じた次第です。参考になりました。
 

フォトリーディングよりも「辞書読み」しよう

先日、本の読み方の話になり、ちょうど先輩が神田昌典先生の

フォトリーディング講座」に参加していた、ということを聞き、

本を読む私にとっては、「え?それどうやるの?」と思っていたことでした。

 

フォトリーディング」には元々興味があった。

そんなに速く読めるようになるなら費用対効果が高い!と思えたからだ。

 

元来、私は本を読むのが早いほうで同時多読するタイプで、

この「フォトリーディング」について気になったので、

深くきいてみたので、以下にそのコツとかを私なりに要約して書いてみる。

 

 

そもそも「フォトリーディング」ってなんやねん、という方もいると思います。

www.almacreations.jp

 

とまぁあるのですが抜粋すると、

ページをイメージとして脳に取り込む速読術

とあります。ほんまかいなと思ったので、他にも調べてみた。。

フォトリーディングが従来の目を速く動かす速読法と違う点は、あなたの読書能力を向上させるだけでなく、「情報編集力」を高める新しいテクニックであることです。

※ https://www.kandamasanori.com/photoreading/ から抜粋

なるほど。

ここで1つ大切な話がでてきた。

フォトリーディング」=「情報編集力」だと。つまり読書術ではない。

 

ここまで書いた上で、その先輩にきいてみて、

返ってきた点をまとめてみた。それが以下。

  1. その本を読む目的や得たいことを考える
  2. 目次を読んで、大枠の流れをつかむ
  3. その上で、ペラパラと速読していく
  4. そうすると、目的が明確なら、それに関連する言葉がフォトとして記憶される

というものだそうだ。

つまりところ、早く本が読めるようになる、のではなく、

目的を明確にしたことで欲しい情報が目に止まりやすくなる、ということが

言いたいようだ。確かに、本を読んでもかなりの部分はいまの自分には

不要な情報であることが多いですからね。

 

なんだか、フォトリーディングといわれると「写真のように記憶できる」と

思えがちだが、そうではないようだ。

 

この読み方ならいまでもやっていますね。私の読み方はこうだ

  1. 学びたい本のカテゴリで似たようなものを5冊くらい買う
  2. それらから学びたい内容を考える
  3. 目次をじっくり読んで、大筋の学びを整理する
  4. ざっと読む

これで同じようなカテゴリの本を、目的にあった言葉を拾いつつ、

読み、比較していくので自分にとっての正解が見つかりやすい。

読み方はそれぞれありますが、やはり速く読めるわけじゃないようですね。

 

ざっと多読し、その後は常に積ん読状態から、思い出して、

辞書として使う、という使い方が私としては最高なんじゃないかと思う。

一度に大量の内容を記憶なんて出来ませんよね。

利他と自己承認は表裏一体。利他とは「導くこと」である

最近メンバーのマネジメントをしていて、

この「利他」と「自己承認欲求」について感じることがあった。

あるメンバーが「誰かのことを想って」おせっかいをしていたのだが、

はたして、それは「良いこと」なのだろうか。

 

私はそのメンバーと話をしていて、「誰かのために尽くすこと」は良いことだ、

と考え、実際のところ、その行動を指示していました。

そんな中、1つの考えに出会います。

 

「その誰かに尽くすこと」は「自分のためにしているのではないか」

すなわち、「自己承認欲求」を満たすためなのではないか。と。

 

私自身、以前は「自己承認欲求」が強く、この「利他」に悩んできました。

いま自分がやっていることは遠く考えれば、自分のためにもなり、

それって自己承認欲求なのでは?と悩んでしまいました。

 

その答えがここに↓

d.hatena.ne.jp

 

これ、スバラシイことが書いてあるんですが、

その一部を抜粋すると、

釈迦の言う利他とは「後進の指導」である。自己犠牲ではない。「自分の能力,知識を最も効率よく次世代に伝達すること」で他者を救おうというのである。生物でいうなら,親が子を教育する姿がそれにあたる。

まさにそうだ。

 

利他とは「導くこと」なのだ。

その「誰かを想う行動」が「導く行動」なのか「自己犠牲」なのか

これをよくみて、判断する必要があるだろう。

 

自己犠牲、すなわち、自己のためにする=自己承認であり、

それはある種「押し付け」でもある。

 

「自分」が強いメンバーにはこの「自己承認」「自己犠牲」としての

「利他」というものがあり、まさにそれは「押し付け」でもある。

マネジメントする際は、そのメンバーの利他がどういう行動かを見極め、

まさに「利他=導く」マネジメントをしていく必要があるのだろう。

「福島」と「フクシマ」が伝えるイメージ

3.11からはや6年が経ち、テレビもその話でもちきり。

忘れてはいけないことが時間の経過とともに、薄れていきます。

朝のニュース番組ではたくさんの震災ニュースが流れていますが、

非常に気になったことがありました。

 

それが、

「福島」と「フクシマ」のあたえるイメージが違うことです。

 

「福島」は震災以降、世界にニュースとして流れ、

多くの人が認識しやすいカタカナである「フクシマ」になった。

英語を日本語で説明するときもカタカナですしね。

 

これはヒロシマナガサキの原爆でも同じだった。

togetter.com

 

みなさんの中での「フクシマ」のイメージはなにでしょうか。

「福島」のイメージはなにでしょうか。

 

私の中ではまだ「フクシマ」のイメージに震災がこびりつき、

まだ「福島」とリンクをしていきません。

 

「福」の「島」である福島にとって、

「福島」と表現することは非常に復興を表現する1つでもあるでしょう。

震災を通して、「福島」の農業や漁業は、

「フクシマ」の農業や漁業にイメージが変わってしまった。

 

2012年の段階から田原総一朗氏がすでにブログにも書かれていました。

「福島」を「フクシマ」と呼ぶのは、もうやめよう! – 田原総一朗公式サイト

 

そのブログにもありますが、

ところが、メディアは相変わらず「フクシマ」を報道し続けている。
僕たちが目を向けるべきは、「フクシマ」から「福島」へ変わろうと
努力を重ねている人びとの前向きな姿ではないのか。

まさにそうだ、それがこの6年を経過しても続いています。

私たち一人ひとりが「福島」に対するイメージを改めて、考え直す時期なのでしょう。